CHAPTER 011

I'm through with love と『お熱いのがお好き』

I'm through with love、というジャズスタンダード曲がある。最初に聞いたのがボーカルだったもんで歌詞と共に知った。文字通り、失恋の曲なんだけど、どうもしっくりこない、というか記憶に残る詞があった。ブリッジのところだ。

 

Why did you lead me

To think you could care?

You didn't need me

You had your share

Of slaves around you

To hound you and swear

With deep emotion, devotion to you

 

slaves(奴隷)という言葉のきつさもあるけど、なんというかここはすごく毒というか、嫌味がきいてる。それっぽく訳すと「なんで私のこと気にする素振りしたの?私を必要としているふりをしていたけど、本当は貴方を追い回して愛を誓ってくれるslavesがたくさんいたんでしょうよ。さぞ深い情熱と献身でね」みたいなことになる。ちょっと怨み節や嫌味がきいて怖いでしょ。

 

 

この曲の初出はビリー•ワイルダーの「お熱いのが好き」(Some likes it hotをこう訳したのは上手いと思う)だ。 あらすじよりもマリリン•モンロー扮するシュガー嬢の歌うI wanna be loved by youが有名なんだろうけどね。他にもRunning wildなど古めのスタンダード曲も流れる。作品としては男二人組ジョー(トニー•カーティス)とジェリー(ジャック•レモン)がふとしたことでギャングに追われる。女性に扮して楽団に入ってなんとか逃げようとするが、楽団のボーカリスト、シュガーにジョーが恋してしまう。ジェリーの方も大富豪の男性から口説かれる。ドタバタコメディなんだけどやはりビリー•ワイルダーらしく、細かなやりとりが様々な伏線になっている。マリリン•モンローも可愛いし、台詞ややり取りもコミカル。個人的にも何度も見ているワイルダー作品の1つだ。そうそう、ジェリーは女性ベースプレイヤーとして楽団に入っていて、ある意味世界で最も映像で見られたコントラバス奏者なのかもしれない。

 

 

で、最後失恋したと思いこんだシュガーが一人口ずさむのがI'm through with love。シュガーはちょっと天然な女の子って感じなので先ほど訳したような、毒づくような詞が似合う感じもないんだけど。しかしまあそこに文句言っても仕方ない。色々な歌手が歌っているけど、意外とインスト曲も良い。キース•ジャレットの活動再開したときのピアノソロアルバムの最後の一曲でもある。(なお人によってはslavesをfriendsに変えていることもある)

 

 

以下エンディングのネタバレと個人的な話。

 

この映画の最後はジェリーと大富豪とのやりとりで終わる。自分(達)を救ってくれた大富豪がこのまま新婚旅行に行こうと車を走らせる。色々と理由を並べてジェリーは断ろうとするも、大富豪は気にしない。終いにはカツラをとって「おれは男なんだ。それでも結婚するのか?」と言うも、Well, nobody is perfect.(完璧な人間なんていない)と穏やかに返して、ジェリーは呆れて幕は閉じる。子供でも思いつきそうな言葉だけれど、時々自分は思い出す。特に何か、誰かにイラっとしそうなときに。自分は(意外にも?)何かと不機嫌になりやすいと思っているのだけれど「完璧な人間なんていないから」と思えば、ふと軽くなる気がする。ちょっとオシャレで微笑ましい締め括り。まさにワイルダー作品らしいエンディングだと思う。

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