CHAPTER 007

『エル•スール』とグラナドスの小品

『エル•スール』、スペインの映画監督ビクトル•エリセの作品である。スールというのは英語のsouth、フランス語のsud。直訳したら『南』という題名になる。

 

 

物語は、ある少女の教養小説的なものとなっている。その少女は父のことが大好きでいつも一緒に過ごす。「(自分は)神を信じていないから」と長年教会に来るのを拒んでいた父親が、自分の聖体拝受式のときには姿を見せたとき「私のために来てくれた」と大いに喜ぶ。その後の宴では父娘でダンスを踊る。まるで恋人同士のように。

 

 

しかしある日、ふとしたことから父親の机の中に一枚の女性の写真と「イリーネ•リオス」と何度も書かれた文字を見つける。誰なのだろう、と母に聞いてもわからない。映画のポスターでイリーネ•リオスという女優がいることを知る。かつて父はその女優と知り合いだったのか、彼女が出ている映画をみたあとに必死に手紙を書いているのを目にする。その女性と父との間にはどのような過去があったのか?ある夜、両親が言い合う様子を耳にし、自らが父の全てを知るわけではないという事実を思い知る。成長と共に少しずつ父娘の心の距離があきはじめ、父もそれに気づきながら何も言えない。

 

 

それから何年か経つ。もう10代半ばになった娘にたまには昼食をしよう、と父からレストランに誘う。しかしそれほど話は弾まない。思いきって「私ずっと聞きたいことあったの。イリーネ•リオスって誰?」と聞くも父親は「誰かな、よくしらない」などと返す。「その人が出てる映画あったの。映画館から出たあとにお父さん、喫茶店で何かずっと書いてたでしょ?窓から挨拶したのに気づかなかった」と問い詰める。「ああ、思い出した。昔みた、つまらない映画の女優か」などと曖昧に答える。やがて隣の部屋が結婚式でもやってるようで、音楽が聞こえてくる。人差し指をたてて「これ、覚えているかい?」と父親。娘はピンとこない。「ほら、お前の聖体拝受のとき。この曲でおどったな」とキラキラした目で語る父に「思い出したわ。懐かしいわね」と娘は素っ気なく答える。父親の指は力なく曲げられていく。私、もう学校に戻るから、と席を立つ。微笑みながら手をふる父。

 

 

本来この映画は180分を予定していたが、期限までに完成しなかったのか、後半は削除されて90分程度になっている。少女が父の故郷である南へ旅立つところで話は終わる。その後どうなるか気になるところだが、その明らかにならないところが実に味わい深い余韻になっている。失敗作として扱われることもあるようだけど、個人的にはエリセの代表作である『ミツバチのささやき』よりも好みかもしれない。『ミツバチ』も文句つけようない作品だけどね。

 

 

 

最後に彼女が荷造りをしてる際にかかるのがグラナドス『12のスペイン舞曲集の第5番』。疾走感、焦燥感を感じさせる伴奏に対し、ゆったりと落ち着いたメロディーとハーモニーという特徴のピアノの小品だ。ピアノはもちろん、バイオリン、チェロと様々な楽器により奏でられており、クライスラーやパールマンのバイオリンも美しいが、ギタリストのセゴビアによる名演がとくに印象深い。

 

 

なおNHKの回し者みたいなことを言うけど2月半ばに『ミツバチのささやき』『エル•スール』のエリセ作品二つ、BSで放映するようで。もう何度目かわからないくらいだけど自分もどちらとも観るつもり。興味持たれた方、よかったらぜひ。

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