CHAPTER 028

デュラスの『苦悩』とバッハの『シャコンヌ』

マルグリット▪︎デュラス『苦悩』。題名からして重い。できるだけ軽めの作品取り上げるつもりも、最近読んだ中でグッときたのはこれだったもんで。

 

 

枕として。自分がパリの言語学校に入った頃、女性の学生と話していて「好きな小説があってフランス語に興味を持った」という人に小説のタイトルを聞くと、たいていデュラスの『愛人』と答えていた。日本人はもちろん、中国、アメリカ、スウェーデン、ブラジルなどなど万国共通。すごい、デュラスは世界を救う。なお自分も『愛人』を読んだはずだったがあまり覚えていない。たまたまなのか、女心を理解していないのか。

 

 

さて『苦悩』は戦時下もしくは戦後を舞台にした連作集だ。レジスタンス運動のため捕まった夫がいる女性(おそらくデュラス本人)が主人公。最初の作品では彼が戦後に解放されるも衰弱していて、赤痢やらで死にそうになっている。彼の下の世話も主人公とその家族がうけもつ。やがて彼が回復し、海辺に二人は出かける。主人公は「どうしてこの人は生き残ったんだろう」と思いながら海と彼を眺め、きっと彼自身にもその思いが伝わっていると感じる。

 

 

一見怖い話だが、赤痢で苦しむ姿を見て憐れみと慈しみで接し続けられるほど、あるいは今まで通りに愛せるほど、人の感情や思考は単純ではない。世話をしてもらわざるを得なかった彼の方にも思いはあるだろう。なおデュラスは彼とはしばらく後に別れ、お互い別のパートナーを見つけながらも晩年まで付き合いはあったようで。

 

 

またナチの軍人に同じくレジスタンスの隠れ家などについて追及される作品もある。たまに喫茶店に呼び出され「君の夫は釈放するし、安全も保障する。だからもし何かを知っていたら教えてほしい」と言われる。ただその軍人は主人公に対して脅したりすることもなく紳士的であり、雑談などを通してうっすらと人間的な関係も生まれる。しかしドイツが敗北した瞬間、軍人は犯罪者としてつかまる。裁判で彼女は証言をすることになり、彼女自身も「ドイツ軍人の青年とお茶を飲んでいた、とんでもない女」という目で見られる。まるでドイツ軍人と恋仲になり戦後に居場所を失うという女性の映画『ヒロシマ、モナムール』に通じる。おや、その脚本も奇遇なことにデュラスである。

 

 

とにかくデュラスも戦争後遺症の作家の一人なんだな、と改めて実感した。特に先の恋人へ向けた言葉は印象的に感じられた。「どうしてこの人(もしくは自分)は生き残ってるんだろう」と、時に俯瞰して思うこともあるだろうし、そう思う権利もあるよね?これを残酷とか狂気というならば、そうでない人は誰なのか。

 

 

あくまで個人的に、だけど、大雑把に言うと気が滅入っているときに重めな話を読んで、意外に昇華してきたような経験が多いもので。そういう作品は手元に置いて時々読み返したりする。さて音楽ではどうか。重いけれども、たまに救いのように聞いてきたものは何かと考えると『バッハ無伴奏バイオリンソナタ2番シャコンヌ』ということになるだろうか。バッハの全作品のなかでも最高傑作の1つといわれているだろうし、特に異論もない。個人的にはやっぱりハイフェッツの録音が好きだ。ただし自分の好きな録音はCD化されていないようで、たまにYouTubeで聞いている。

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