CHAPTER 025

『野良犬』とクーラウのピアノ曲

映画『野良犬』、黒澤明の代表作の一つで、先日テレビでやっていた。思えば個人的にも黒澤映画の中でも最も見ている作品かもしれない。テレビでやっているとなんとなく見てしまう。

 

 

久々に見てちょっと驚いたのが、三船敏郎扮する刑事、村上が街中を歩きまわるシーンで当時流行っている音楽が流れるんだけど、その中で『東京ブギウギ』、そして『夜来香』『ドナウ川のさざなみ』が使われている。まるで昨年どこかのユニットが出したCDの曲目みたいじゃないか!奇遇なり。

 

 

 

さて物語は、その村上が拳銃をなくすところから始まる。自分の責任を痛感する村上が上司役の佐藤(志村喬)と共に銃を盗んだ人間、売った人間、持っている人間、と少しずつ辿っていく。こう書くと刑事ドラマそのものだけれど、黒澤さんらしく社会派というか、ヒューマンドラマの要素も強い。

 

 

犯人と親しい幼馴染の女性にたどり着き、追い詰めるも「彼の居場所なんて知っていたって絶対に言わない。私は嫌なことなんてされたことない」と彼女は言う。「こんなのも返すから、もう帰ってよ」と押入れから服を投げる。それはいつかに犯人と一緒にショーウィンドーで服をみて「一度でもいいから、こんな服を着てみたい」と話したら、何日か経ったらそれをプレゼントしてくれたという。「悪いのは社会でしょ。お金持ちだけがいい思いが出来て、貧しい人は頑張っても貧しいまま。彼だって戦争から復員するときに大事なリュックを盗まれたの。悪いことした人が結局得する世の中なのよ」と彼女は言う。村上は「僕だって戦争から復員したときに荷物を盗まれた。そのときにヤケになりそうになったけど、こういう事件を減らしたいと思って警察になったんだ。本当に悪いことをした人が得するだけと思っているなら、君も彼からもらった服を堂々と着たらいいじゃないか。なんで返すんだ?」と叱責する。

 

 

なんだかドストエフスキーの世界みたいだ。黒澤明は『白痴』を映画にしているぐらい、影響を受けているのだから当然か。こう考えるとこの映画は戦争後遺症のようなヒューマンドラマとも考えられるかもしれない。タイトルの『野良犬』というのは、たまたま警察になった主人公の村上、そしてたまたま悪事に手を出してしまった犯人、どちらを指しているのだろう。村上も犯人の境遇を思いながら捜査を続ける。

 

 

さて音楽は『夜来香』でも『ドナウ川』でも、某ユニットの音源を聞いてくれ、と言いたいところだけど、ジングル程度にかかるだけなので。(聞くな、とは言いません)やはりこの映画で有名なのはクーラウのピアノ曲ソナチネ一番。実に穏やかな曲調で決して難しくもない、まさに『ソナチネ』という感じの曲。それこそピアノを習っている人の家の近くからは流れることが多い曲なのかもしれない。最後に犯人を追い詰めるシーンでかかるのが実に印象的だ。とある住宅地に建つ品のよさそうな一軒家で婦人がその曲をゆっくりと弾いている。その雑木林のなかで逃げるか、捕まえるかの緊迫した闘いが繰り広げられる。銃声が響くと、ピアノ曲は止まる。いぶかしげに外を見る婦人。またゆっくりとピアノを弾き始める。穏やかな曲と、荒い息の2人。それなりに裕福な家と犯罪に手を染めてしまった男、それを追う刑事という当時の社会を反映する構図にもなっている。『野良犬』は常にこの曲、この場面と共に語られているようだけど、そこには全く異論はない。ここの場面を見ないと損した気分になる。

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