CHAPTER 018

『アニー・ホール』とIt had to be you

女優、ダイアン•キートンが亡くなったらしい。個人的には最近に彼女を観たのはコロナ禍に初めて触れたゴッドファーザー三部作か。

 

 

自分は20歳になる前くらいまでウディ・アレンの作品をやたらと観ていた。その中で名作とは思ってなかったけれど、最も多く観たのは『アニー・ホール』だった。ダイアン•キートンの役名そのものの作品、ウディ・アレン扮するアルビーとアニーの二人の恋愛物語(といって良いのか?)ということになる。シニカルで笑えて、あるいは考えさせられたり、実にウディ・アレンらしいんだけど、「ウディは(かつて私生活でもパートナーであった)ダイアンのこと本当に好きだったんだろうなあ」と思わせる作品だった。

 

 

それまでウディ・アレンといえばコメディの監督兼役者だったろうけど、この作品が転機にもなっている。理屈っぽい、愚痴や文句の多い男(主人公。たいていはウディ本人)と感性豊かな魅力的なヒロイン、というその後の彼の作品のロールモデルみたいになっている。

 

 

作中のアルビーはスタンダップコメディアンでもあり、小話をよく使う。冒頭は喜劇役者グルーチョ•マルクスの台詞の引用としているが元ネタは劇作家バーナード•ショーだと思われる、一つの台詞から始まる。「私みたいな人間を、歓迎するパーティーには参加したくない」というもの。青臭いというか、反抗期の若者みたいだけれど、自分は今でも似たような感情を強く持っている。何事も例外はあって、例えば憧れの人なんかに褒められたりしたら素直に喜ぶんだろうけど。

 

 

もう1つの小話も好きだ。ある男が「先生、僕の弟がおかしいんです。自分を鶏だと思い込んでいて、卵を産むといっているんです」と医者に言う。「すぐに彼をカウンセリングにつれていきなさい」と医者が言うと男は返す。「でも僕も卵を見てみたいんでね」どこかで何かを期待して(しまって)いる、人間の性よ。

 

 

さて曲の話。作中でアニー・ホールは駆け出しの歌手なので二曲披露する。2017年のなんかの授賞式でウディへの感謝をこめて歌ったのは Seems Like Old Timesだが、もう1つは It Had to be You。ジャズスタンダードには大抵Verseという前奏ともいうべき箇所があるんだけど、個人的にはIt had to be you、Stardust、Someone to watch over meなんかのVerseは本当に美しいと思う。曲全体的にきれいだけど、文字通り「(私が待っていたのは)貴方だったんだ。貴方の前では本音を言えるし、貴方を思って悩ましくなる」というラブソングだ。パッと思いつくのはフランク・シナトラ、またはドリス・デイのものかな。なんというか上手さや個性が際立つタイプよりも、素直な歌が好みなもので(何事もそんなものかもしれない)、実はドリス・デイみたいな素直な感じが好きです。もちろんドリスもシナトラもすごく上手いんだけど。

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